【ネタバレ注意】ドラゴンボールのブロリーの映画見てきました

ドラゴンボール超の神VS神や復活のFが中々良かったので見てきました。
前情報として「ブロリーが出るらしい」以上の事は知らず、超は最終回まで視聴済み、ブロリー三部作も観ております。

感想を語る前に一つ印象に残ったのは、一緒に観てる人の民度が低かったです。
なーんか大の大人がスマホ弄りながら見てる姿が見受けられ、電話を始める人も出てくる始末でした。
もちろん彼らを基準にしてファンの民度を語る気はないですが、世代的な民度については思う所がありました。

さて、そんな話は置いといて映画の感想を語りたいと思います。
ここからは明らかにネタバレなので気を付けてください。

 

というわけで本題の感想です。
今作はドラゴンボールという作品というか原作者である鳥山先生の良い所と悪い所がすごく出ている作品という印象を感じました。
そして、この映画に求める要素によって評価は真逆のものになると思います。

具体的な話をしよう。
まず目立つのは「悪い所」です。
ドラゴンボールにおける重要な設定がかなり改変されています。
特に気になったのは・・・。
バーダックの未来を見る能力関係の設定
ブロリーが悟空に執着する理由
この2点、完全に無い事になってました。

まず「バーダックの未来を見る能力関係の設定」について。
本来は下級戦士のバーダックはカナッサ星で未来を見る能力を習得し、惑星ベジータ破壊の計画に唯一知り、
皆に笑われる中フリーザにたった一人で挑んで散ります。
そして死に際、辺境の星に飛ばされたカカロット(悟空の事)がフリーザを倒す未来を見るのです。
これが有名な「たった一人の最終決戦」ですね。
今作ではなんかその辺りの設定が丸ごと変わってて、バーダックは未来を見る事なく直感と推測でカカロットを逃がします。
というかバーダックの息子ラディッツもエリート戦士っぽいポジションになってます。
さらに、惑星ベジータ時に生き延びてるサイヤ人は、
ベジータ(他の星を攻めてた)、ナッパ(同上)、ラディッツ(たぶん同上)、カカロット(地球に飛ばされてた)、ブロリー(バリアで身を守った)、ターレス(ブロリーに同じ)、ターブル(不明)、ターレス(わすれた)という具合に少数しか残ってない設定でしたが・・・、
今作ではモブサイヤ人っぽいのが数名生き残ってます。

そして「ブロリーが悟空に執着する理由」について。
これはブロリーが赤ちゃんの頃隣で泣き喚くカカロットに怯えて泣かされたという理由があり、
それをずーっと根に持ったブロリーカカロットつまり悟空を集中狙いする理由になってます。
しかし今作のブロリーは高い戦闘力から特別扱いで、隣にはカカロットが居ないし、悟空を狙う時も挑発に乗るっぽい感じでした。

その辺りの設定を大事にする人にとってはすごく気になる要素だと思います。
ただ後々調べて知ったのですが、バーダック関係のは「銀河パトロールジャコ」のおまけマンガでこれに近い設定があるらしく、その辺は私の情報不足な感じもします。

そんなわけで私は出だしとしては最悪だと思いました。
しかし、悪い所はここまでで後は全力で面白い作品に仕上がってます。
ブロリーの狂戦士っぷりを残しながらブロリーというキャラをさらに掘り下げる感じでした。
この掘り下げ方も人によって解釈が別れそうですが私は大好きです。
本来はピュアな性格だけど暴走するサイヤ人の血を恐れてる・・・みたいなキャラの引き立て方がとてもうまいなぁと。

そして何より戦闘シーンのかっこよさです。
ドラゴンボールの戦闘シーンはかっこいいものが多いわけですが、今作はそれらと比較してもさらにかっこいいと思えるかっこよさです。
戦闘の魅せ方もだんだんベジータや悟空が本気出していき、ブロリーもだんだん本調子になっていくという、ドラゴンボールらしい戦闘でした。
そしてブロリーが無限に戦闘力が上昇していく(公式設定ではなく噂の可能性あり)という所も取り入れられてて興奮しました。
この辺りの描写の上手さはさすがです。

超で気になってた要素である「どうせビルス様には勝てないのでは?」問題についても、ビルスは興味持たずで解決し、
かつウィスは解説役として置いておく、しかもブロリーと軽く手合わせするシーンまで導入する。
「超」である事も考慮した中々の采配でした。

ブロリー周りの人間関係や力の大会以降のフリーザも観れたし。
終わり方も「先」を感じさせるものがありその辺りはとても満足でした。

この映画を楽しめるかは、最初に言った「この映画に求める要素」。
過去のブロリーを懐かしみたい人はクソ映画になると思います。
実際設定厨な私は序盤の設定違いにすごく不信感を感じました。
逆に新しいブロリーを見たい人にとってはすごく楽しめる映画になると思います。
本来のキャラ設定を知らないor気にしない事が出来れば、シナリオや戦闘シーンにとても満足できると思います。

私は、どちらの要素も求めてたので「クソな所もあったがとても良かった」と思いました。
改めて考えると既存の設定を意識しすぎると縛られすぎて新しいものなんて創れません。
神VS神でベジータを躍らせるような自由さを出すため、「あえて」その辺の設定を無視したと考えると、
無難に走らず挑戦的に創っていく、素晴らしい姿勢であるとも思います。